鳥取市の由来となる「鳥取」の名は、
白鳥などの水鳥を捕らえる集団である「鳥取部」から付けられたと言われています。
鳥取部の名は、「古事記」「日本書紀」にも見ることができますが、
平安時代中期に作られた辞書の
「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」にも、
「因幡国邑美郡鳥取郷」という郷名として登場していて、
古くからある地名が受け継がれてきました。
鳥取県には、多くの古墳や遺跡が点在し、
訪れる人を楽しませてくれるように、
古くから大陸や朝鮮半島との交流が盛んで、
数多くの文化が栄えていました。
大化の改新の後には、
因幡(いなば)の国と伯耆(ほうき)の国に分けられて置かれますが、
江戸時代になり、池田氏の治める鳥取藩32万5千石として統一され、
鳥取市は城下町として栄えました。
昭和18(1943年)に起こった鳥取大地震により、
鳥取市は大きな被害を受けますが、
市民の力と国内外からの数多くの援助により復興をとげています。


